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唯我独尊なコラムその16「一番輝いていた頃」


Mr.Low-D - Purest feat MoNa

ファッションも音楽も「自分が一番輝いていた頃」のジャンルに固執する事が多い。
輝いていた頃。それは一番充実していて、試行錯誤して生きていた頃だろう。

例えば40歳を超えたであろう女性でも、少女のような服装をしている人がいる。
50近い初老の男性でも髪を茶髪にしてストリートファッションで身を固める人もいる。

私はそういった貫いた価値観というのは素晴らしいと思っている。
服装や音楽というのは自由なもので、そして人生とリンクする機会が多い。
「みっともない」とかそういう他人の意見が介入する部分ではない。

逆にいえばやはり流行の音楽を聴き、流行の服装を追うという生き方もある。
それはそれで立派な価値観であるが、私には真似できない。
流行のJ-POPを聴き、ミニマルなファッションに身を包んでもそれは私では無い。

人を突き動かす原動力というのは様々あるが、表向きは喜びとか使命感とかその辺だろう。
しかし私は「不条理に対する怒り」であったり「癒されない悲しみ」も必要だと思う。
取り戻す事ができない過去や恵まれなかった環境に対する叫びたくなるような憤り、
そういうものを背負っている人間はやはり迫力があるし、言葉に重みがある。

そういう人間を支えるものが音楽や「ファッション」だろう。

ある日どうにかして社会に対して一矢を報いてやろうと決意した頃の、
或いは一方的な不条理を無理やり喰わされた、深い悲しみを味わった頃の、
或いは強烈な喜びと快感、充実感に身を任されていた頃の、
ファッションに身を包んで生きるというのは重要な事だ。

ファッションに無頓着な人間には理解し難い部分ではあるし、
周りの部外者にとっては滑稽にうつる部分ではあるが、
最も優先すべきなのは周りからどう思われるかではなく、自分でどう思うかだ。
ファッションに限らず、自分が共感できるものを手元に置くべきだ。

自分の価値観を優先している人間は、堂々としている。
そういう人間が新しい価値観を作り出すし、カリスマと呼ばれる。
そもそも(違う人生を歩んできた)他人に共感や理解を期待していても仕方が無い。
面と向かってそういうのはダサイ、嫌いだと非難されれば黙って「そうか」と返して縁を切る。
他人に屈服してしまう事で、自分の世界を肯定できなくなるのならば生きている意味が無い。

とりあえず、今の私が固執しているのは「靴」だ。
靴そのものだけではなく、靴を通じて見える世界と過去の思い出に浸るのが好きなんだ。


LGYankees - Eternal


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