唯我独尊なコラムその10「傷つく事で美しくなる」

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久しぶりに靴を磨きなおしていると、知らないうちに大きな傷が付いたり解れがある事に気付く。
レザーのインソールもやや薄汚れてきており、新品のような清潔感もない。
靴下を履いているとはいえ、やはり黒ずんでくるのはどうしても避けられないものだ。

愛用のレザージャケットにオイルを入れていると、内張りのナイロンに破れがある事に気付く。
お気に入りの腕時計には、扉にぶつけた時の目立つ傷が入っており、
シルバーアクセも黒ずみ、深い傷が数え切れないほど入り鈍い光沢となってきている。

感情論としては、どうしても新品のままのような美しさをずっと保ちたい。
新品は美しい。それは間違いない。しかし、それはそれでどうなのだろうか。
傷の一つ一つがアジになる、とかそういう気休めみたいな事もあまり言いたくはないが、
愛用する上で、使用感が出てくるのはどうしても避けられないのだ。

大事にしたい、替えがきかないと思えば思うほど物を大切に扱ってしまう。
しかし大切に扱ってしまえばしまうほど、どうしても神経質に苦しんでしまう。
人によっては傷が入るのを恐れて、ガラスケースに入れたまま飾っている人もいる。
その気持ち、私にも痛いほどよく分かる。

私は、モノと人というのは非常に似ている部分があると思う。
モノと同様に人も、何か行動したり挑戦すればするほど傷が増えていく。
時には、望まない形で心の奥深くに一生取れないような深い傷を付けられる事もある。
それを自分にとってどう捉えていくのか、それが重要だ。

激しいスポーツをすれば当然ながら怪我をする可能性があるし、
自動車を運転すれば時には交通事故に遭う事もあるだろう。
難関試験だって、必ず受かるとは限らず、力及ばず惨敗する事もあるだろう。
リスクとリターンを秤にかけて、最大限リスクを回避するのか、
失敗を恐れず最大限の対策をした上で、リスクに真っ向から挑む人になるのか、
その姿勢一つで人生というのは全く違ったものになる。

私個人の意見ではあるので、誤解がないようにしてもらいたいが、
私は”男”というのは傷を負ってナンボだといつも思っている。
何かを成し遂げるためには、当然ながら人と衝突し孤立する時もあるし、
大事にしたいが”ゆえ”に神経質になり、女から嫌われる事もあるだろう。

モノは使うために生まれてきて、それを愛用した時に付く傷は勲章だと私は思う。
そして大切に扱いながら使い続ける事がモノに対する最大限の礼儀である。

私はモノから様々な事を教わった。
新品のままガラスケースに飾られるよりも、ボロボロになっても使い込まれた方がカッコいいと。
人は生きるために生まれてきて、懸命に生きている時に付く傷は勲章なのだと。
自分自身に対する礼儀とは、傷を恐れずに生きていく事なのだと。

人は必ず衰える、そして老いる。
新品のまま美しく生きていこうとしても、心無い人から深い傷を付けられてしまう。
ならば自分から堂々と生きていき、浅い傷も深い傷もすべて飲み込んでしまえば良い。
そうやって生きてきた数十年は、必ず何かしらの力を自分に与えてくれるのではないかと思う。

特に履き込まれた、傷つきながらも美しい靴を見るといつも思う。私もこうなりたい、と。

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