2014年05月の記事 (1/1)

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唯我独尊なコラム38「自己肯定力」

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「擦り傷のついたステンレスを美しいと思う。僕たちだって似たようなもんだろう?
僕は来年には五十歳だ。傷だらけのiPodと同じだよ。」
                       ――Steven Paul Jobs(スティーブ・ジョブス)

私は、糊の効いた新品のシャツが大嫌いだ。すぐに洗濯機で洗わないと着れない。
新品のワークブーツを、気張って履き始めるのがたまらなく苦痛だ。
買ったばかりのシルバーアクセサリの傷を気にしてしまうので、いつも自己嫌悪になる。

カカトが磨り減って、つま先が削れてきたワークブーツを履くと気分が高揚する。
ネップが多く、生地が擦り切れてきたリネンシャツを無造作に羽織るのが好きだ。
スウェットは何度か穿いて、毛玉が出てきたあたりの風合いが好きだ。

知らない間に、真っ黒だったTシャツが日光や洗剤で色褪せて、グレーがかってくる。
他人から見れば不潔に見えるのかもしれないが、このリラックスした雰囲気は最高だ。
USED加工のシャツとは違う、独特の風合いとヨレヨレ具合は着ていて安心する。

真っ白なBDシャツに、坦々麺の汁が飛んでしまい、ピンクの染みができる。
シャツの裾は、愛用しているジーンズの染料が移り、藍色に変色している。
応急処置がわりに食器用洗剤と衣料用タワシでゴシゴシと擦ってみたりする。
変色がなくなり綺麗になったが、何となく風合いが変わったような気もする。

新品で買ったRolexのSUBMARINERを、不意にドアノブにぶつけてしまう。
酔って乱暴に机の上に投げ出してしまい、線のような細かな傷が入る。
仕方がないので、東急ハンズで買ってきた研磨剤のサンエーパールで磨くと、
細かな傷が消え、ある程度の輝きが戻るが、大きな打ち傷はやはり残ってしまう。
不器用な自分が磨いたせいで、本来の仕上げと異なり、歪な輝き方をする。

最初は過保護に扱っていたSUBMARINERも、段々と日常に溶け込み、意識しなくなる。
汗がたまり、錆のようなものが出たので、使い古しの歯ブラシと食器用洗剤で洗う。
ショーケースで初めて見た時の印象とは違い、重厚感が増したように見える。
傷のせいなのか、汗で変色したのか、ステンレス特有の鈍い光沢がより際立つ。

モノは愛情をかければかけるほど、育っていく。
金無垢の腕時計は、シャツの袖口で研磨され、徐々にエッジが丸くなり柔らかい印象となる。
いかにも成金丸出しだった外観が、持ち主に触れ、落ち着いた深味のある金色に変わる。

憧れのワークブーツを購入したその瞬間よりも、
ソールが磨り減ってアッパーが傷つくまで愛用した汚れたワークブーツを、
サドルソープで丸洗いをして、ミンクオイルを入れて磨いている瞬間の方が100倍楽しい。
「ああ、やっとこいつは俺のものになったんだな」と実感する。

いつまでも古臭く、時代遅れのものにすがり続けるのは良くない。
時々でもいいから、最先端のものに触れ、感性を高めることは大切である。
でも、古臭い物を使い続けることは、今では新しい感性になっている。
些細な傷を気にして、心を乱され、リセットしたがる事は時代遅れだ。

昔から、「傷つく事を恐れないで」とか「失敗してもまたやり直せる」とか、
そういう言葉は有り触れているが、これは陳腐な言葉ではない。
流行りの歌で聞き飽きるほど、あまりにも多く使われているから、
今時のスマートな若者達からは、ダサいと思われているけど決して違う。

よりスマートに、失敗せずに、クールに、創造的に。

そんな時代遅れの感性に左右されちゃいけない。
みんながダサいと思い込んでいる中にこそ、恰好良さは眠っているし、
この理不尽な世の中を生き抜くための原動力が眠っている。
究極的に言えば、『自分が”真に”恰好いいと信じているものこそ、恰好いい』

ほら、みすぼらしいから買い換えようと思ってた傷だらけのiPhoneだって、
スティーブ・ジョブスの名言を聞いたあとだと、むしろ無骨で恰好良く見えるよね?


……「いや、見えない。」とはっきり思った人、恰好いい。そういう人に私はなりたい。

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